井上俊一句集『銀杏 第3章』〈飄飄と 大西健司〉

『海原』No.67(2025/4/1発行)誌面より

井上俊一句集『銀杏 第3章』
飄飄と 大西健司

 愛知、岐阜、三重いわゆる東海地区と呼ばれる地域であるが、この地域の「海程人」は高齢化とともにひところの元気がない。そんななかにあって二〇二四年は横地かをるさんの海原賞受賞があり、非常に嬉しい年になった。
 そんななか年末近くなって井上俊一さんの句集が届いた。昭和十五年生まれの作者八十四歳の第三句集である。俳句と俳画を愛してやまない好漢井上俊一健在なりが嬉しい。
 句集は三冊とも「銀杏」であり、第二句集は第2章、第三句集は第3章と続く。
 同じ装丁、同じ構成からなり、同じように小見出しがあり、俳画が添えられていて実に滋味深い。そしてあとがきの前には私の一句として数句を取り上げ、その時々の出来事を書き添えている。
 そんな第一句集、第二句集第2章ともに序文は井上俊一を俳句へ導いた山口伸氏(海程同人・以下敬称略)による。
 そんな第二句集の序文の冒頭山口伸は、新幹線の三河安城駅を降りて暫く歩くと小麦色に熟した麦田が展望される。
 それも大パノラマ一、三〇〇ヘクタールの麦秋である。〈中略〉それを東方へ通り抜けると市街地があって、その約、中央を井上さんの家がある御幸本町という。ここで父の代から材木店を営んでいた。東京生まれで安城育ちの井上さんはこの辺鄙でない田舎が原風景である。
 少し長くなったがこのほどよい田舎での営みを丁寧に書き続けているのが井上俊一である。そして井上俊一の人となり、生きざまが如実にこの三冊から感じ取ることができる。また材木店の倉庫の前にあった銀杏が象徴する家族や地域の方達との交流が句集三冊から滲み出ている。
 第一句集では激しい情熱と強烈な思想を含みつつ、心地良い諧謔を書き留めている。
  人間を見て来た銀杏の木が芽吹く
  少し酔うても立春の鬼より真面目
  雪柳もう背負う子も母もない
  銀杏散る逃げられぬまま家見て居る

 そして第二句集で山口伸は、
”井上俳句が衒いのない飄逸な味わいの詩性を深めて更なる諧調を期待する”
 このように序文を締めくくっている。
  西瓜叩いて家族みんな元気です
  腹立つことは腹におさめて昼寝する

 そして第3章にはもう伸さんの序文はない。
  「おーい伸よ」五月の空より兜太の声
  哀別の 言葉失う 皐月空
  文協(安城文化協会)、俳句そして人生すべてに山口伸という人間に魅了され先生の背中を見て歩いてきた私の人生であったと思っています。

 井上俊一はこう書く。
 句集は年代別にまとめられ、それぞれに小見出しがつけられている。そして俳画が添えられている。
   走っている(平成20年)
  春は遅々遊び上手になろうと思う
  霜降る駅積み残したる君の笑顔

   あっけらかんと(平成21年)
  今日もまた春からはみ出している男
  主語のない夫婦の会話半夏生

   執念と思う(平成22年)
  春耕や少しずつ軸足ずらしけり
  執念と思う 軒下にまだ空蝉

   風の縺れは(平成23年)
  適当な距離に妻居る春の雨
  父の日や無造作に鍵が置いてある

   ごちゃごちゃ思う(平成24年)
  朝市で買うバケツ一杯の泥辣韮
   とにかく歩け(平成25年)
  一人だっていい葱坊主と虚勢はる
  団栗拾う三人だから面白い

   渾身という意地(平成26年)
  一夜明けたら俺が羽抜鶏かもしれぬ
  熱燗独酌今からは論客の出番

   人生あるがまま(平成27年)
  字余りも字足らずも人生 いわし雲
   今を歩く(平成28年)
  半生を語るに緑蔭広すぎる
  ヒロシマはヒロシマなり今を歩く

   自分が自分で(平成29年)
   金子兜太氏逝去 弔句
  牛蛙ぐわぐわ巨星静かに消え
  三河は麦秋誰にも内緒で家を出る
  明日はまたどうであろうが蝉しぐれ

   ここにいます(平成30年)
  八月六日 今年も私はここにいます
  温め酒こつんこつんと二人の会話

   とにもかくにも(令和元年)
  入道雲この世はまだまだ面白い
   茶番劇だよ(令和2年)
  月皓皓今夜は妻と同衾す
   泣き事は(令和3年)
  石ひとつ置いた墓あり鶏頭花
   「木」合同句集(令和3年〜6年)
  牛蛙啼く痩せ切った月が出る
  またひとり友逝く茅の輪くぐらずに
  父の日は黙って静かに座っている
  黙祷も握手もせずに夏終わる
  南瓜切る渾身という力加減
  おまえと俺違う枯野を歩いている
  網戸通して弟の家族が見える
  ヒロシマへ黙祷うす汚れた軍手持ち

 揚げ出せば切りがないが井上俊一は口語で平明に、淡々とその日常を書いている。それはまるで井上俊一そのものであり、等身大である。いつもにこにことまた飄飄とした井上俊一の風貌そのものである。どこか山口伸さんに通じるものがある。三河平野の穀倉地帯安城の風土の温みであろう。
 これからも好漢井上俊一は変わらず三河の片隅で自分の俳句を書き続ける、東海地区「海程人」の気概を持って。田原の山田哲夫さんも健在でありまだまだこのままでは終われない。そのような「銀杏第3章」の熱い思いを私は受け取った。
まだまだ頑張りましょう。

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